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Talk196:幸福な買い物

(Aug. 18/2011)

 3月のことである。フィリピンへの出張前日に、浜の町までスーツケースを買いに出かけた。

 スーツケースは市内のどこでも買えるが、「くんち」以来、なるべく縁(えにし)を大事にしようと思いなおしたこともあって、浜の町、である。

  買い物という単純なことすらも、ヒトとヒトのパーソナルなコミュニケーション=交換関係によって支えられることをベースにしている、ということに気付かせ てくれたのはゼミ生の卒論だ。昨年のHSによる小売市場は、衰退して絶滅寸前の商店が、20年から40年という長きにわたる信頼関係によって支えられてい ることを教えてくれた。今年のMMによる露天商の研究も、同じことを示している。

 買い物が「安さ」や「速さ」や「品揃え」に左右されるようになったのは、ほんの最近のことである。それは日本人から地縁が薄れていくプロセスと期を一にしている。

 私が敢えて浜の町でスーツケースを買おうとしたのは、そういう「つまらなくなっていく社会」のプロセスに抗いたいからなのだ。

 立ち寄ったのはカバンの専門店で、私はRIMOWAのちょっと変わった形とサイズのものを購入したのだが、その買い物を成立させるまでにかなりの言葉を交わしたし、そのプロセスを幸福だと感じた。

 そう、これは「幸福な買い物」だ。

 値段は安くはない。サイズだけを考えたら、そこらでテキトーなものが、今日私が支払った金額の数分の一で買えてしまうだろう。

  だが、そのスーツケースを買うと決断するまでに、私は十数点を手にとったし、店員さんとのディスカッションを経験した。私はこれまで数年にわたって RIMOWAのアルミのケースを使ってきたこと、それが昨年破損してしまったこと、できればそれは修理して使い続けたいこと、そして国内旅行にも使えるような、異なるコンセプトに基づいたスーツケースを探していること、などを伝えた。

 店員さんはそのひとつひとつを受け止めたうえで、私が感じているニーズの「本当のところ」、つまり私自身も自覚していないような「ほしいものの特性」を見極めてくれた。

 こういう買い物は、ホームセンターでは出来ない。

 買ったばかりのスーツケースを抱えて浜の町を歩けば、そこには老舗の菓子店や呉服店が軒を連ねている。こういう店がみな姿を消す日が来たとしたら、それは日本がすべからくモナド化されてしまったことを意味するだろう。

 そうはなって欲しくないのである。私は。